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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)6541号 判決 1989年8月24日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 小幡晃三

被告 三井物産株式会社

右代表者代表取締役 江尻宏一郎

右訴訟代理人弁護士 川津裕司

右訴訟代理人弁護士 西本邦男

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的請求)

被告(存続会社)と物産不動産株式会社(解散会社、解散時の本店は東京都港区西新橋一丁目四番一四号)との間に昭和六二年一一月二五日になされた合併は無効とする。

2(予備的請求)

被告は、前項の合併における被告と物産不動産株式会社の合併比率を一対四に変更し、物産不動産株式会社の株主に交付した被告の株式四五〇〇万株を回収廃棄せよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第2項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告の株主である。

2  被告と物産不動産株式会社(以下「物産不動産」という。)とは、昭和六二年四月三〇日、次のとおりの合併契約(以下「本件合併契約」といい、本件合併契約による合併を「本件合併」という。)を締結した。

(一) 被告及び物産不動産は、合併して被告は存続し、物産不動産は解散する。

(二) 被告は、合併に際して、記名式額面普通株式(一株の額面五〇円)六〇〇〇万株を発行し、合併期日における物産不動産の株主名簿に記載された株主に対して、その有する物産不動産の株式(一株の額面五〇円)一株につき被告の株式一株の割合をもって割当交付する。

(三) 合併期日は昭和六二年一〇月一日とする。ただし、諸手続の進行状況に応じ必要があるときは、被告と物産不動産は協議の上、この期日を変更することができる。

(四) 物産不動産は、昭和六二年三月三一日における貸借対照表、財産目録その他同日における計算書を基礎とし、その資産、負債及び権利義務の一切を合併期日に被告に引き継ぎ、被告はこれを承継する。

物産不動産は、同日の翌日から合併期日に至るまでの間の資産及び負債の変動につき別に計算書を作成し、被告にその内容を明示する。

3  昭和六二年六月二六日、被告の定時株主総会において、本件合併契約書の承認決議(以下「本件承認決議」という。)がなされ、同年一一月二五日、被告の臨時株主総会において、本件合併に関する事項の報告がなされ、同日、本件合併にかかる変更の登記がなされた。

4  しかしながら、本件合併には、次のとおり合併無効事由と本件承認決議の取消事由とが存在する。

(一) 物産不動産は、昭和六二年三月三一日以降、二度に亙り、その資本の額を各二倍額に増資して二〇二億円とし(以下、合わせて「本件増資」という。)、その資産の評価替えを行ったが、本件合併契約書には本件増資についての記載がない。また、被告は、同日終了する事業年度の物産不動産の決算貸借対照表を、右定時株主総会の二週間前から、本店に備え置き閲覧に供したのみで、本件増資及び評価替後の物産不動産の貸借対照表を作成して本店に備え置くことをしなかったが、これらは、各合併会社の貸借対照表の備置公示を定めた商法四〇八条の二の規定ないしその趣旨に反する。よって、本件合併は無効である。

(二) さらに、右定時株主総会における本件承認決議は、本件増資及び評価替えの点について、被告の株主に周知されないままになされたから、本件承認決議の方法は著しく不公正であり、決議取消事由がある。

(三) 本件合併における、被告と物産不動産を一対一とした合併比率は、著しく不当かつ不公正である。すなわち、<1>昭和六二年三月三一日における両社の貸借対照表上のいわゆる簿価に基づいて、その後の物産不動産の増資による株式数増加を勘案のうえ、両社の一株当たりの純資産額を算出して比較すると、本件合併の合併比率は物産不動産の株式約九株に対し被告の株式一株の割合とすべきであり、<2>同各貸借対照表に基づいて、同増加を勘案のうえ、両社の一株当たりの利益を算出して比較すると、同合併比率は物産不動産の株式約二株に対し被告の株式一株の割合とすべきであり、<3>昭和六二年四月一日と同月三〇日における、物産不動産と類似性の強い上場会社である株式会社サンケイビルの株式価額と一株当たりの利益の比率を基準にして、物産不動産の株式の価値を算出し、これと同時期の被告の株式の市場価額を比較すると、同合併比率は物産不動産の株式約三・六株に対し被告の株式一株の割合とすべきであるから、いずれの試算によっても、本件合併における合併比率は著しく不当かつ不公正なのである。したがって、本件合併契約は違法であって、本件合併は無効である。

(四) さらに、本件承認決議は、物産不動産の株主でもある被告の株主が議決権を行使し、これにより、右のとおり著しく不当な合併比率の合併契約書の承認決議がなされたから、特別利害関係人が議決権を行使したため著しく不当な決議がなされたものであり、本件承認決議には決議取消事由がある。

5  よって、原告は、本件合併は無効であり、かつ本件承認決議には取消事由があるから、本件合併を無効とする判決を求め、予備的に、被告に対し、本件合併における合併比率を物産不動産の株式四株に対し被告の株式一株の割合に変更し、物産不動産の株主に交付した被告の株式四五〇〇万株の回収破棄を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の(一)の事実は認め、主張は争う。

3  同4の(二)の事実は否認する。

4  同4の(三)の主張は争う。

本件合併における被告と物産不動産との合併比率は、両社の適切な資産評価によりそれぞれの株価を判定したうえで決定されており公正なものである。すなわち、被告の株式の価値については適切な時期の市場価額を基準として算出し、物産不動産の株式の価値については、昭和六二年三月三一日に終了する事業年度の決算貸借対照表及び損益計算書を基礎として、仮に上場株式であればいかなる株式価額が形成されていたかを算出することを前提に、同社の総資産ないし収益に含む不動産の価格、当該不動産の運用による収益等を勘案して、いわゆる実質純資産価額方式により算出し、得られた両社の株式の価値を比較して、本件合併の合併比率を一対一としたものであって、公正妥当なものである。

5  同4の(四)の事実は否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1(原告が被告の株主である事実)、同2(被告と物産不動産との間の本件合併契約締結の事実)、及び同3(本件承認決議、被告の臨時株主総会における本件合併に関する事項の報告及び本件合併にかかる変更の登記がなされた事実)はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告は本件合併には合併無効事由と本件承認決議の取消事由とがあると主張するので、判断する。

1(請求原因4の(一)及び(二)について)

(一)  まず、物産不動産において、昭和六二年三月三一日以降、本件増資及び資産の評価替えが行われたこと、本件合併契約書には本件増資についての記載がなかったこと、並びに被告が物産不動産の昭和六二年三月三一日に終了する事業年度の決算貸借対照表のみを備え置き、本件増資及び評価替後の貸借対照表の作成備置きをしなかったことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、原告は本件合併契約書に本件増資についての記載がないのは違法である旨主張するが、本件合併はいわゆる吸収合併であり、吸収合併の場合の合併契約書に記載すべき事項は商法四〇九条に法定されているところ、解散会社の資本関係は法定記載事項とはされておらず、本件合併契約書に本件増資についての記載がなくても、違法とはいえないから、原告の右主張は失当である。

(三)  次に、原告は、被告が物産不動産の本件増資及び評価替後の貸借対照表を作成し本店に備え置かなかったことは商法四〇八条の二の規定に違反する旨主張するので考えるに、商法四〇八条の二は、会社は合併契約書承認総会の二週間前から自社及び合併の相手方会社の貸借対照表を本店に備え置くべきこと並びに株主及び会社債権者の閲覧請求権及び謄本・抄本交付請求権を規定しているところ、この貸借対照表は、直近ないし最終の貸借対照表でなければならないが、とくに改めて作成しなければならないものではなく、通常は前期の決算貸借対照表で足りると解される。もっとも、決算期後合併契約書作成までの間に、合併条件に影響を与える重要な財産の変動があった場合には、計算書の添付や注記等によってこれを明示しなければならないというべきである。これを本件についてみると、単なる資産の評価替えについては重要な財産の変動にあたらないから明示の必要はないが、本件増資については重要な財産の変動にあたるといわざるをえないところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によると、被告が本店に備え置いた物産不動産の前記決算貸借対照表には「なお、資本金は、その後の増資により二〇二億円となっております。」と注記されていたことが認められ、この事実によると、本件増資についてはこれが注記によって明示されていたということができ、結局、原告の右主張は理由がなく失当である。

(四)  さらに、原告は、本件承認決議は物産不動産の本件増資及び評価替えについて被告の株主に周知されないままになされたから、その決議方法は著しく不公正である旨主張するが、まず、先に認定したように、被告は本件増資について注記した決算貸借対照表を本店に備え置いており、さらに、前掲甲第一号証によると、被告がその株主に配布した合併契約書承認総会の招集通知添付の参考書類中には、前記決算貸借対照表及び同事業年度の損益計算書が掲記され、同貸借対照表の注にも「なお、資本金は、その後の増資により二〇二億円となっております。」と記載されていたことが認められ、これらの事実によると、本件増資については被告の株主に周知させるに十分な方法がとられていたということができる。つぎに、資産の評価替えの点について考えるに、一般に、合併契約書の合併比率を決定するに至った資料は、これをできるだけ株主に開示することが望ましいのはいうまでもないが、成立に争いのない甲第九号証によれば、本件承認決議に際しては、株主から何らの質問もなく、満場一致で合併契約書の承認決議がなされたことが認められ、合併比率決定のための資料の一つである会社資産の評価替えについて、このように何らの質問もない場合に、これを株主にあらためて説明し周知させなかったとしても、それをもって、本件承認決議が著しく不公正な方法によってされたものであるということはできない。結局、原告の右主張も理由がなく失当である。

2(請求原因4の(三)及び(四)について)

(一)  まず、原告は、合併比率が著しく不当かつ不公正であることが合併無効事由に該当すると主張するが、合併比率が不当であるとしても、合併契約の承認決議に反対した株主は、会社に対し、株式買取請求権を行使できるのであるから、これに鑑みると、合併比率の不当又は不公正ということ自体が合併無効事由になるものではないというべきである。

(二)  次に、原告は、本件承認決議は特別利害関係人が議決権を行使したため著しく不当な合併比率の合併契約書の承認をしたものであるから、決議取消事由がある旨主張する。まず、本件合併における合併比率が、著しく不当であるかどうかであるが、一般に、合併比率は両合併当事会社の株式の価値に照応して定められるべきところ、この株式の価値の算定は、会社の資産状態、収益性、配当率、業種・規模・将来の事業の見通し等の諸事情を斟酌して行われるものであって、上場会社の株式の場合には市場価格が重要な基準とされ、非上場会社の場合には市場価格が形成されていないため、いわゆる純資産価額方式、類似業種比準方式、収益還元方式及び配当還元方式等の種々存在する算定方式の中から、当該会社の諸事情を勘案して、一方式を採用して算定し又は複数の方式を併用して算定されることとなる。そして、各合併当事会社の株式の価値及びそれに照応する合併比率は、このように多くの事情を勘案して種々の方式によって算定されうるのであるから、厳密に客観的正確性をもって唯一の数値とは確定しえず、微妙な企業価値の測定として許される範囲を超えない限り、著しく不当とは言えないこととなる。

ところで、原告は、本件合併の合併比率が著しく不当であるとして、<1>合併当事会社の各貸借対照表上の簿価に基づいて両社の一株当たりの純資産額を算出して比較する方法<2>同各貸借対照表に基づいて両社の一株当たりの利益を算出して比較する方法及び<3>物産不動産の株価を同社と類似性の強い上場会社の株式価額と一株当たりの利益を基準に比較して算出し、これと被告の株式の市場価額を比較する方法によって各試算すれば、本件合併の合併比率は物産不動産の株式二ないし九株に対し被告の株式一株の割合とすべき旨主張しているが、これらの方法のうち、<1>及び<2>の方法は上場会社である被告の株式の価値と非上場会社である物産不動産の株式の価値をそれぞれ適切な方法によって算出するという過程を踏んでおらず失当であり、また、<3>の方法は、算定方式自体は一般に合理的とされるものではあるものの、それが合理性をもつためには同種業種の会社数社の比較が必要であるのに、単に比較会社を一社採用したに過ぎないものであり、これらの面からみても、直ちに、本件合併の合併比率の一対一が著しく不当ないし不公正であるということはできない。

かえって、成立に争いのない乙第一ないし三号証の一五及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。すなわち、(1)物産不動産は、不動産の売買、賃貸借、仲介等を事業目的とし、被告が約八五パーセントの出資比率を有する非上場会社であって、配当実績はなく、近年は営業収益のほとんどを賃貸収入が占め、その賃貸収入の過半は被告から得られており、多大の含み益を有する所有不動産及び借地権が経営の根幹となっていること、(2)本件合併比率の算定は、被告の依頼により、株式会社野村総合研究所によって行われ、同研究所は、物産不動産の株式の価値の算定を、それぞれ、類似性のある東京建物、大阪建物、三菱地所、三井不動産の各株式会社を標本会社とする類似業種比準方式、各社の株価収益率を基準とする資本還元率方式、再取得価格による時価純資産価額方式、これに処分に伴う課税を考慮する実質的純資産価額方式、清算所得を計算する清算価値方式の各方式によって試算したうえで、物産不動産の前記実態に照らして各試算価額を比較検討し、右実質純資産価額方式による一株当たり二六六六円を適正な株式価額として採用したこと、(3)同方式による算定は、昭和六一年三月三一日に終了する事業年度の決算貸借対照表を基礎とし、資産のうち不動産及び借地権のみに重大な含み益があるから、これを時価で評価して行ったこと、(4)本件合併の基礎となった昭和六二年三月三一日に終了する事業年度の決算貸借対照表は、右昭和六一年三月三一日に終了する事業年度のものに比して、流動資産及び投資等と流動負債とにほぼ同額の著しい増加は見られるものの、その他は概ね構成に変化がなく、純資産額が約二〇パーセント増加していること、(5)右不動産及び借地権の時価は、財団法人日本不動産研究所が作成した鑑定書に基づいており、同鑑定は賃貸不動産における事情を勘案した比較方式及び収益方式により行われていること、(6)被告の株式の価値は、本件合併に関する情報の市場への伝播を考慮して、本件合併に関する取締役会決議の日を四五営業日遡った日から三〇営業日の間の、東京証券取引所における被告の株価の終値平均値である六二五円とされたこと、(7)以上の算定によれば合併比率は物産不動産の株式一株に対し被告の株式四株の割合となるが、その後、物産不動産は株主割当による額面有償増資(本件増資)を行ったから、本件合併契約書における合併比率は一対一とされたこと、以上の各事実が認められる。そうすると、本件合併における合併比率は両合併当事会社の株式の価値を相当な方法によって算定し、一対一と定められたものと認めることができるから、同合併比率が著しく不当であるということはできない。

したがって、本件承認決議における決議内容は著しく不当とはいえないから、同決議において被告の株主が特別利害関係人として議決権を行使したかどうかの点について判断するまでもなく、原告の右主張は理由がない。

三  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がなく失当であるから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐賀義史 裁判官 垣内 正)

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